しばらく書くのをサボっていましたが、この記念誌についてはやっぱり触れたいところです。
2025年に創業50周年を迎えたグリーンマックスが、3月末に記念誌を出しました。察知するのが遅れたため手に入れられるか危ぶんだのですが、なんとか入手することができました。
定価でも一万円弱という、なかなか力強い価格設定ですが、個人的には色々と初めて知ることも多く、買って後悔はないところです。

前身である「マックス」はおろか、さらにその前のレストラン「ピノキオ」の頃から語り起こされており、このピノキオに色々なモデルをディスプレイし出した頃から、現在の稼業につながっていったようです。最初の製品は1/80スケールのクーラーだったようで、改造用のパーツを出すところから始まる歴史というのは、なんとなく関水金属と似たものを感じます。

(レストラン「ピノキオ」の掲載ページ。以下全て引用は記念誌より)
内容を全て追っているとものすごいボリュームですし、一つ一つが読み応えのある記述で、とてもじゃないけど全てをここでは追いきれませんが、初のNゲージ製品が「ストラクチャー」だったという記述を発見したときは、この会社の奥の深さを改めて実感してしまったところです。
しかも最初の製品は「勾配土手セット」。うーん、実に渋いですね。

(記念誌p20より。「各社が鎬を削って花形の車両を製品化する中、Nゲージ最初の製品はストラクチャー」との記述)
文章にもありますが、当時はまだシステム線路が確立しておらず、高低差のあるレールを組むこと自体が大変だったことが背景にあるのですね。
1/80の初製品は車両の改造パーツで、1/150に関してはレールシステムの支援だったというのも、なんとなくゲージの方向性の違いを感じさせなくもないです。もっとも、このあと会社としてはNゲージに全ての舵を切っていくわけですが。
「1-5 日本型ストラクチャーの拡充」では、一節を割いてストラクチャーへの注力を記載しています。文章は限定的ですが、ここはむしろ、これまで断片的にお目にかかっていた改造作例が、カラーの良質な写真で見られることに感動ですね。
「グリーンマックスによる『日本型ストラクチャー』の登場で、日本の情景づくりが飛躍的に向上しました」とあるのですが、これは手前味噌でもなんでもなく事実だと思います。
もちろん以前も若干触れたように、やや遅れて登場したトミックス製のストラクシャーの商品展開も大いに貢献しています。ただ、そのトミックスですら、自社製品が充実する前は自分のカタログのレイアウトに、グリーンマックス製のストラクチャーを当たり前のように登場させていましたので。
(いま考えると色々な意味でおおらかでしたが・・)
「公式の作例見本はいわいる素組で見せることをせず、必ず何かしらの改造が施されている」という記述も興味深いところです。実際はよく見ると素組のストラクチャーもみられるのですが、街のランドマークやアイコンとなっている建物は、確かに大胆な改造がされていました。
この「新学期セール大奉仕中!!」が印象的な駅前のレイアウトは、確かどこかの鉄道模型趣味でモノクロの写真を見たような記憶があるのですが、周囲も含めてここまでしっかり写っているのは初見でした。高架駅側の構造も複雑でよく作られています。
真ん中下にある焦茶色のマンションに関しては、もはや原型を留めていませんが、公団住宅・中型駅・商業ビル・ビル付属施設を組み合わせたらできるのかな・・・など、パーツから判断して想像するのも楽しいものでした。

また、1986年から展開していた「日本の民家シリーズ」については、小林信夫氏が制作に深く関わっていたことが書かれています。
新旧混在とした日本の街並みの風景を世界観として確立すべく、町屋や学校、役場やバス営業所などが分厚く商品展開されましたが、基本構想のメモは製品化された内容よりはるかに広大なものでした。特に図面として紹介された「辰野式建築風ストラクチャー」に関しては、図面そのものがすでに芸術と化しています。これが製品化されていたらとんでもないインパクトだったでしょうね。

そして驚いたのは、同時期に構想していたという「都会のビル」構想です。
ペンシルビルや角地ビル、デパートなどの展開も考えられていたということで、「ボウリング場の大型のピン」まで設計されていたとのこと。これはぜひ実現して欲しかったところですが・・・他社を含めてビルに関しては類似品がある中で、もしかしたら優先度は下がってしまったのかもしれませんね。個人的にはとても残念ではあります。

ストラクチャーに関しては、このあと2010年代の展開についてや江頭剛氏の寄稿などもありますが、この辺りはまた角度の違う話になりますので、一旦ここで区切ります。
ただ一つだけ。もちろん記念誌では触れられてはいないのですが・・・「日本の民家シリーズ」のみならず、上記、実現できなかった建物については、多くがトミーテックの「ジオコレ」で、ある程度、具現化していきます。
もちろん時代も会社も違い、またご承知のように?製品の質感も異なる中で、同列視すべきかどうかというのはあります。とはいえ記念誌を読んでいて、小林信夫氏が想像以上にトミックス、もとい初期のトミーとも関わりがあったということも、初めて知りました。
2000年代にはおそらく直接の関わりはないと思いますが、この初期のグリーンマックスのストラクチャーの流れが、その後のトミーテックの展開にも、何らかの影響を与えている向きがあったのかもしれません。ちなみに晩年の小林氏は周知の通り、鉄コレの「ノスタルジック鉄道コレクション」などのイラストを担当されていたりもします。
小林信夫氏に関しては、死去後に改めて回顧する向きが強く、「小林信夫の模型世界」なども出版されるなど話題には事欠きません。ただ本来、ストラクチャーのみの狭い世界でくくれるスケールの方ではなく、生半可な論評が憚られる感もあります。いずれまた別項でも立てられればと思います。